パリからボンジュール
チーズ王国30周年を機にパリから東京へ。新たな旅立ちです
おかげさまでチーズ王国は今年30周年を迎えることができました。
そして、去る4月には東京・立川にて祝賀会を開催し、来賓者約200名のみなさま方を前に、引き継ぎの儀を無事に終えることができました。
次の世代へ バトンを手渡しました
2014年4月に開催したチーズ王国30 周年の式典にて。
左からパリでの活動を引き継いだ娘 惠理、会長となった
夫 寿男、私、息子の妻 由美子、そして新社長の息子 謙です。
チーズ王国は夫から息子へ、パリでの活動を母から娘へ。
30年はとても長い時間の流れでしたが、ふり返ると昨日のようにも思えます。初代の私たちが、2代目に何を残せたか、それはわかりませんが、みなさまのお力添えもあって、創業当初には想像もできなかった良い成果を築いてこられたのではないかと感謝しています。
今回の引き継ぎにともない、2014年秋、私は活動の場をパリから日本へ移すことにいたしました。2000年に、日本人初の熟成士として第二の人生を歩みだしてから14年。そしてパリ店をオープンして11年。その間、日本とフランス、そしてヨーロッパの間に温度差のない情報を伝えるべく、さまざまな試みをしてまいりました。
みなさまの笑顔が生きがいでした
知らずして導かれた天からの任務のごとく、自分の天職となったチーズ業。人の体に優しく、必要不可決で良質なたんぱく質や、骨の維持に欠かせないカルシウムを多く含んだ完全無欠な食品を提供することは、私の誇りでもありました。殺生を行わない食品であるチーズを提供し、そのおいしさで人々を幸せにできる。いつしか、おいしいものを食したときのみなさまの幸せな笑顔をちょうだいすることが、私の生きがいになりました。とてもシンプルなことではありますが、素敵な笑顔を多くの方々と共有できたことに心から感謝いたします。
思い出はあふれんばかりですが、これからの道を子どもたちが引き継ぎ、さらなる発展を期待して、見守りたいと思っております。長い間、私を支え、背中を押してくださった多くのみなさま、ありがとうございました。
これからもチーズとともに
パリを離れ、仕事の第一線は次の世代ががんばります。でも、もし、私でお役に立つことがありますなら、何なりとお声をおかけください。私のことです、仕事を引き継いだとはいえ、間違いなく、息絶えるまできっとチーズを愛し、大切に抱え続けていくことでしょうから。
たくましく育つ原種の山羊との出会いが再び情熱をもたらしてくれました
寒く、天気の悪い日が続いた6月のフランス。エクス・アン・プロヴァンスも数日前には雪が降り、おかしな天候だったのですが、私が訪問した日程は奇跡的に真夏日でした。この街がこうして特別に晴れている日はフランス中の他の土地は天気が悪いのだそうです。ニュースの天気図もその事実を伝えていました。電車から降り立つと真夏の太陽。さっそくサングラスです。陽射しは強くとも、心地よい微風があって快適。真っ青な空、コクリコの赤い花、そして山には豊かな緑が広がっていました。
取引が目的でないと、新たなものが見えてきます
今回の目的は小さなチーズ工房を訪ねること。そして、かねてからの念願だったローヴ種やプロヴァンサル種、南のアルピンヌ種など、この土地の山羊の原種に会うことでした。まず、びっくりしたのが極小の工房ばかりだったこと。
今までは仕事上の取引を目的に、ある程度の生産数がある工房を訪ねていましたが、目的を変えると見えてくるものが違ってきます。 原種の山羊に会いに行くということは、原種が快適に生きて行ける場所を訪ねることを意味します。BIO(オーガニック)指定の、人の手におかされていない大自然がそのまま残っている土地。食べる草、樹木、灌かん木ぼくも自然のままです。食べつくされて枯れたところもありましたが、手を加えて植えることはしていません。自然にまかせているのです。そうした厳しい環境の中で飼育できる山羊の頭数は限られ、40〜60頭程度です。1頭で約1リットルが日の搾乳量の目安。100gの小さなチーズでさえ1リットルのミルクが必要ですから、40頭では、多くても40個しかできません。そして山羊を放牧、搾乳、チーズ作りをほとんどひとりの方が担っているのですから、近所で売って終わりになるのも当然のこと。まったくの驚きでした。
山羊の種類によってチーズも違う味わいに
ここでは山羊の自然の生き方を壊さないようにしているのだそう。角も通常は危険だからと切りますが、ここではそのまま。角が残してあるおかげで、その形から種類の違いもよくわかり、ミルクの味わいの差も、自分なりに理解することが出来ました。あくまでも私が感じたことですが、アルピンヌ種のミルクは甘みがあって、長期熟成向き。ローヴ種はやや酸味を感じ、フレッシュで味わうのが最高。プロヴァンサル種は個性豊かなチーズになる、などです。
フランスという土地に少し慣れすぎて怠慢だった気持ちが今回の訪問で目からうろこが落ちたかのような新鮮さを味わうことが出来ました。この地で黙々と同じ毎日を情熱をもって過ごす人たち。そして何より、自然のままで生きている動物たちの強くたくましい行動を見て、再び自分のなかに熱い血が流れるのを実感できました。
日本のウイスキーとチーズで、フランスに新しい風を起こす!
ニッカウヰスキー・フランスから、チーズとウイスキーに関する依頼を受けたのは、今年に入って間もなくのこと。それと並行するようにサントリーからも依頼が入りました。そこには、スコッチウイスキーの消費量はフランスが断然トップという背景が存在しました。さらに、パリでは新しい試みとして、チーズは"自由に、好きなときに、好きなものと合わせて食べる"という革命! が起きつつあります。そこにパリでの日本ブームの波に乗って、ニッカとサントリーの新たな挑戦が始まったようでした。
チーズとウイスキーのマリアージュはいかに?
サントリーからは、あるがままのチーズをウイスキーと合わせるという依頼でした。シングルモルトの「白州」はかすかな森、木の香りがしましたので香ばしさを持ったブカニエというシェーヴルの3週間熟成ものを合わせました。複雑な味が潜み、奥深い余韻のある「響」には36ヶ月熟成のゴーダ・ヴューをセレクト。ウイスキーのおいしさや香りをチーズとのマリアージュによってさらに効果的に表現することができました。そう、チーズはそのもの自体を表現するだけではなく、相手を引き立てる良妻なのです。
一方、ニッカの依頼は、ウイスキーを使ってチーズを変身させ、ウイスキーの効果を感じさせてほしいというものでした。そこで4種類のチーズをピックアップ。ウイスキーでマロワルを洗いながら、2ヶ月熟成させたもの。特選パルミジャーノ・レジャーノを大量のウイスキーに3ヶ月漬け、琥珀色に変身させたもの。そして、スペイン産クラード(山羊乳製ハードタイプ)にはアイスピックで穴をあけ、ウイスキーを流し込んでコントラストを狙ったもの。最後はデザート感覚でフレッシュのカードにハチミツとウイスキーを練り合わせ、間にナッツを挟んだ、ケーキのような仕上がりのもの。新たな挑戦だったにもかかわらず、4種類全てにOKが出て、9月には、パリで総勢600人のジャーナリストたちにお披露目する運びとなりました。
つねに流れに乗って、ニーズに応えていく
チーズはひとつの食べ物です。でも最近は、その枠を超え、いろんな表情を見せながら羽ばたいていく存在だと感じています。熟成士がひとつのチーズのいろいろな味を引き出し、表現していく時代がやってきたと思いきや、さらに時代は進み、新しい分野からのアレンジが求められる。今はつねに新しい変化を求められる時代なのかもしれません。チーズを取り巻く流れは、どんどん動いています。だからこそ、その流れに楽しみながら乗っかりましょう! それが、私がパリで生きていくことの意義、役割だと思うのです。